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zoom RSS 鉄道建設公団と国鉄ローカル線

<<   作成日時 : 2017/03/06 09:02   >>

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現在、JR北海道が積極的な支援がないと運営できないとして大幅な縮小ダイヤなどを行うなど批判を浴びていますが、国鉄にあっては昭和30年代から財政的にも規模しくなってきていたと言われています。
特に昭和38年頃には新幹線の建設に設備投資金を割り当てつつ、一極集中する首都圏に対して積極的な改良を施さなくてはならない中で、地方ローカル線が経営の足を引っ張るであろうことは十分予測されることでした。

国鉄は、鉄道敷設法に基づき鉄道建設を行う必要もありましたが、国鉄としては優先順位を考えると建設しても赤字になるであろう地方ローカル線よりも新幹線であったり、首都圏の鉄道網の整備に金を使いたいわけです。

そうなると何時まで経っても、ローカル線の建設が進まない。
そこで、田中角栄が大蔵大臣の時に鉄道建設を専門に行う鉄道建設公団を設立します。
鉄道建設公団では、その建設路線に区分をA〜E、G、Pの7つに分類(国鉄が直接関係あるのはA〜E、Gまでの6種類

区分としては、

A線・・・地方開発線
B線・・・地方幹線

これらAB線は、一般的には地方ローカル線と呼ばれる部分であり原則無償貸与又は譲渡されました路線。
ただし、白糠線のように政治家の意向で無理やり押し付けられた路線もあります。

C線・・・主要幹線
D線・・・大都市交通線
主要幹線などは、国鉄に有償で貸し付けられ、湖西線も30年位の年賦で買い取る方式だったと記憶しています。

他にも青函トンネル線のE線や成田新幹線・上越新幹線を建設したG線がありますが、今回のお話は地方交通線の話ですから省略します。

結局、国鉄とすれば新線建設という呪縛から解放されるものの、開業させても赤字になるであろうことが必至な路線まで引き受けざるを得なくなるわけです。

実際、産業構造などが変わった炭鉱地域を走るローカル線など多数あったため、昭和40年代には赤字路線は積極的に廃止して、バスに転換するなどして経営の改善を図るとしていました。
すでに、この頃から財政の硬直性と言いますか、運賃収入だけではすべての経費を賄えない状態になっており借入金の増加、利払いの増加という悪循環を重ねていくことになります。

なお、赤字83線の選定状況などについては改めてお話をさせていただこうと思います。

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