消えたローカル線  赤字83線で廃止された・・・幸袋線

線区経営改善研究会の研究成果と赤字八三線選定 国鉄の赤字は、昭和39年に計上し、国鉄解体に至るまで黒字になることはありませんでした。 国鉄としては、昭和42年に国鉄部内に、「線区経営改善研究会」を若手の課長補佐クラス一五人で構成し、赤字線の徹底的な研究調査を行い、具体策をまとめることになっていきました。 「線区経営改善研究…
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消えたローカル線  赤字83線で廃止された・・・宇品線

数奇な運命を辿った宇品線 広島駅から広島港までを結ぶ国鉄の路線がありました。 昭和41年に宇品までの旅客営業が廃止されましたが、昭和47年までは、広島から上大河間の定期旅客のために時刻表に掲載されない列車が運転されました。しかし、昭和47年4月1日には、この路線も廃止。 分割民営化を控えた、昭和61年までは、貨物列車のみが運転され…
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消えたローカル線  赤字83線で廃止された・・・世知原線

国鉄が、昭和43年9月の国鉄諮問委員会が提出した意見書により、「使命を終えた」とされるローカル線を廃止およびバス転換していった中で廃止されたローカル線の一つとして今回は、長崎県の松浦線から分岐して、肥前吉井~世知原(せちばる)を結んでいた世知原線を見ていこうと思います。 世知原線は、元々世知原にあった炭鉱の石炭を搬出することを目的…
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消えたローカル線  赤字83線で廃止された・・・三国線

今回は、赤字83線で消えた路線の一つである、三国線を取り上げてみます。 三国港線は、三国港(みくにこう)と北陸本線を結ぶ目的で、1911年に官設鉄道により開業したと記録されており、実際に明治期にはかなり重要な港湾の一つで有ったようで、三国港(旧阪井港)突堤は、文化遺産(重要文化財)として登録されていることからも伺えます。 三国線の歴…
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消えたローカル線  赤字83線で廃止された・・・川俣線

川俣線は、東北本線、松川駅から岩代川俣駅までを結んでいた路線で、大正13年に開通したものの、昭和47年3月13日をもって廃止となった路線であり、戦争中は不要不急路線として、昭和18年から昭和21年4月まで営業休止となっています。 本編では、当時の資料、時刻表などを元に当時の川俣線の様子を探りたいと思います。 川俣線は、松川駅から分岐…
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消えたローカル線 知床半島への夢遥か・・・根北線

今回は、赤字83線 選定時に廃止になった鉄道の一つ、根北線を取り上げてみたいと思います。 根北線は昭和45年11月30日で、その使命を終えて12月1日からはバス転換となったローカル線ですが、簡単に根北線の歴史を振り返ってみましょう。 根北線の建設着工は戦前 根北線の建設は、大正時代より斜里の森林開発や入植地の拡大、農産物の…
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戦争の落とし子・・・篠山線 赤字83線で廃止になったローカル線

山陽本線のバイパス区間として計画された篠山線  丹波地方で産出されるマンガンや硅石輸送と海からの攻撃が懸念された山陽本線のバイパスとして福知山線の篠山駅(現・篠山口駅)と山陰本線の園部駅を結ぶ目的(改正鉄道敷設法別表第78号)で建設された。 とwikipediaに書かれています。 実際に笹山線の場合その建設を急いだため、町の中心部…
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関門間の足として残った、関門連絡船(遅すぎた廃止航路)

JRの関門トンネルをご存じだろうか? 下関駅と門司駅を結ぶ全長3.4kmほどのトンネルで、昭和17年に現在の下り線が単線で開通、その後昭和19年には現在の上り線も開通しています。 建設までの経緯を見ていますと、トンネルの他に橋梁での建設も計画されたようですが、最終的に国防の上でもトンネルが有利であるとしてトンネルが建設される経緯があ…
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柳ケ瀬線の廃止を当時の資料から振り返る

今回も、古い国鉄の部内雑誌などから当時の国鉄ローカル線の在り方についてどのように考えられていたのかを見て行きたいと思います。 今回は、柳ケ瀬線の廃止に至る経緯を見ていきたいと思います。 北陸線の旧線区間として残された柳ケ瀬線 柳ケ瀬線 柳ケ瀬トンネル開通に伴い路線変更となった北陸本線の旧線部分をローカル線として維持…
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昭和30年代の赤字ローカル線問題

岩日線とは? 古い資料を参照していますと、岩日線(現・錦川鉄道錦川清流線)開業の記事に関して、国鉄の部内誌で何故こんなローカル線を建設するのだと本社営業局総務課長吉田氏の「世にも不思議な岩日線」と題する一文が掲載されていました。 岩日線は、現在、錦川鉄道として存続する区間と、錦川から日原駅までを結ぶ予定であった、岩日北線に分…
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ローカル線建設と割増運賃について

割増運賃と言う制度は昭和35年からあった? 鉄道建設公団が出来るまでは、国鉄では鉄道省の流れを汲んで、鉄道敷設法に基づき鉄道線路を建設することとされており、その事業主体は国鉄自身でした。 しかし、建設のための資金は国鉄自前と言うこともあり、昭和35年3月22日に開通した指宿枕崎線(山川~西頴娃間)では、初めて割増運賃が導入される…
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鉄道建設公団と国鉄ローカル線

現在、JR北海道が積極的な支援がないと運営できないとして大幅な縮小ダイヤなどを行うなど批判を浴びていますが、国鉄にあっては昭和30年代から財政的にも規模しくなってきていたと言われています。 特に昭和38年頃には新幹線の建設に設備投資金を割り当てつつ、一極集中する首都圏に対して積極的な改良を施さなくてはならない中で、地方ローカル線が経営…
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地方納付金とローカル線

本日は、地方納付金とローカル線と言うタイトルでお話をさせていただこうと思います。 地方交付税と言う言葉は、皆様も聞かれたことがあると思います。 簡単に言えば、国から地方都市に向かって渡すお小遣いと言えばわかりやすいでしょうか。 言わば地方にしてみれば、打ち出の小槌なんです。 総務省の地方交付税制度の概要を参照しますと…
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地方ローカル線とは。

こちらでは、主に地方鉄道の問題点を自分なりに考察していこうと考えています。 もちろん、自分の考え方が全て正しいなどとは思っていませんが、自分なりに考えていきたいと思います。 古くて新しいローカル線問題 昨今も、北海道で留萌線が廃止となり、北海道では路線の維持が困難な路線については廃止もしくは地方の援助が必要と言った話題が出…
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